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岡山家庭裁判所 昭和39年(家)481号 審判

申立人 橋本邦男(仮名)

相手方 橋本幸子(仮名)

事件本人 橋本宏男(仮名) 外一名

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は相手方の事件本人橋本宏男、同橋本民男に対する親権喪失の宣告を求め、その原因として、〈1〉相手方の親権に服する橋本宏男、同橋本民男は相手方とその夫橋本昭男との間の嫡出子である。〈2〉相手方の夫橋本昭男は昭和三六年五月二日交通事故により死亡し、その後、相手方が宏男、民男の両名を監護養育し、かつ親権を行うこととなつた。〈3〉その後、相手方は昭和三七年三月頃から妻子ある男性と情を通じ、同年八月一六日夜二人の子供を置き去りにし、現金五〇万円を持ち出して、前記情夫と共に家出した。〈4〉その際、相手方は印鑑等を持出しているので、単に家庭を放棄するのみならず、子供等の所有不動産をも勝手に処分するおそれがある。

このように相手方は未成年者宏男、民男に対する親権を濫用し、かつ著しく不行跡であるから親権喪失の宣告を求めると述べ、相手方は主文同旨の審判を求め、申立人の主張する事実中〈1〉〈2〉〈3〉の事実は認めるが、不動産を勝手に処分するようなことはしていない、と述べた。

戸籍謄本並に除籍抄本によると、未成年者橋本宏男は相手方橋本幸子とその夫橋本昭男(昭和二一年五月一〇日婿養子縁組)との間に昭和二二年七月三日長男として、未成年者橋本民男は昭和二八年一月三日同人等の二男として出生し、橋本昭男は昭和三六年五月二日交通事故により死亡し現在相手方橋本幸子が未成年者両名の親権者であること及び、申立人橋本邦男か相手方の叔父(亡夫橋本市男の実弟)であることが認められる。

そこで家庭裁判所調査官青江秀治、同鮎川幸子作成の調査報告書の記載及び申立人橋本邦男、相手方橋本幸子に対する審問の結果によると、相手方は夫橋本昭男が昭和三六年五月二日急死を遂げた後安城市の町工場(鉄工所)に勤めるようになつたが、昭和三七年三月頃から右工場の経営主(妻と子供二人ある男性)と懇意になり、交際を続ける内、同人の事業不振のため金四〇万円余を融通する等して、次第に二人の関係は通常以上に親密度を増して深い仲となり世間では妻子ある男性と二子を有し非業の死を遂げた人の未亡人としての相手方の右素行が非常な噂にまで高まり、田舎のことでもあり、親族の干渉もあつて、相手方は恥づかしさのあまり住居地に居辛くなり、遂に同年八月一六日宏男、民男の二人を自宅に残し、現金五〇万円を持出して、情夫と共に岡山に出奔した事実が認められ、相手方の右所為は親権者として著しき不行跡に当ることは勿論であるが、右報告書並に相手方橋本幸子本人審問の結果によれば相手方はその後、しばらく岡山市内で情夫と同棲していたが同年一〇月七日右情夫は相手方に行方も告げず居所を去り、その後消息を絶つてしまつた次第である。斯様にして見知らぬ土地で情夫に捨てられてしまつた相手方は当時五〇万円の所持金も既に消費してしまい、すつかり困つてしまつたが、家出の動機が動機だけに、今更おめおめと郷里にも帰れず、さりとて遊んでいるわけにもいかず郷里に残して来た子供等のことを気にしながら、その後男性との関係を絶ち、爾来同様の不行跡を繰り返すことなく、岡山市内に留まつて、派出家政婦(日給五八〇円、交通費、食費等雇主負担)として真面目に働き、生活費を切りつめて、自己の収入の中から僅か乍ら子供達に小遣銭を送金したり、又衣類等を買い与えたりして、今やその性格心情が遷善向上していることが認められ他に右認定を覆えすに足る資料は存しない。そうすると既に過去の事実に属する前示不行跡を以て親権喪失の事由となすことができないものといわなければならない。

次に前段認定の如く、相手方は前示不行跡以来今日まで二年有余の間宏男、民男を自ら監護教育していないことが認められるから、この外形のみから見るといかにも相手方はその子宏男、民男に対して親権者としてなすべき監護教育を怠つているような印象を与えるのであるが前掲各資料並に申立人橋本邦男、相手方橋本幸子、事件本人橋本宏男、参考人田中孝男、田中ヨシエ審問の結果によると相手方橋本幸子は前記不行跡の故に純朴で律儀な性格の叔父申立人の怒りに触れ、世間体もあつて家出をしたものの、現在では前段認定の如く、真面目に家政婦として働きつつ、日々謹慎の生活を送つているのであつて我が子宏男、民男を思う情においては変りなく、自らこれを監護教育したいとの希望を有し、又子供達も実妹夫婦等も帰省するよう促すのでこれを実現したいと欲して幾度か勇を鼓して子供等の居る郷里へ帰つたのであるが、やはり世間の視線は冷たく且つ申立人において相手方の帰省を欲しているかの如くであるが、相手方の不行跡に対する勘気が未だ解けない故か相手方家の不動産管理の実権を掌握して相手方を警戒しているようであり、相手方も極度に申立人を敬遠し、相互に意思の疎通が欠けるためか依然相手方にとつて実家に落ちつけない状態になつているため、再び岡山に戻り、現在のような生活を送り相手方にとつては必ならずも宏男、民男の監護教育を怠つているように見られる恐れある事態を生ずるに至つたものであるが、一方子供たちも二男は小学校六年生、長男は本年高校一年を中退して地元の「農協」に勤務し乍ら申立人等親族の協力を得て所有田地の内六、七反を耕作し残り一町余の田地を反当り一俵の割合で知人に小作させており、相当な資産と収入があり、家庭には相手方の実妹夫婦の世話で住み込みの家政婦がおり、日常生活の面倒をみており、近隣には肉親の叔母夫婦(相手方の実妹夫婦で同人の夫は従兄に当り相手方や事件本人等とも血縁関係にあり、非常に親切であり、未成年者達も同人等を慕つている)や事件本人等の祖母(亡夫昭男の母)申立人等が居住していて、両親のいない淋しさはぬぐいきれないとしても一応親族の保護下にあつて安定した生活をしており、相手方の財産管理状態も目下相手方幸子名義のものは何一つとしてなく、不動産は全て相手方の祖父、父の各名義のままになつており、未だ相手方と事件本人等との間に遺産分割すらしておらず、各不動産の権利証は申立人が保管し、印鑑は事件本人宏男が所持していて同人が預貯金等の通帖一切を保管していて、いずれも相手方において、単独で自由に処分しうる状態にあるものではなく又その虞もないものといわなければならない。

相手方橋本幸子としては目下実妹夫婦に事件本人等のことを託して何時の日にか叔父の勘気も緩み、家出事件のほとぼりのさめる日を待つて親子共々生活の出来ることを心静かに願つていることであろう。

以上の事実関係に基き相手方橋本幸子において未成年者宏男、民男に対する親権を濫用しているとは認められない。そうすると本件申立は理由がないというに帰するから、これを却下すべく主文のとおり決定する。

(家事審判官 大西リヨ子)

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